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マイケル・ピュエット クリスティーン・グロス=ロー — ハーバードの人生が変わる東洋哲学

英題はズバリThe Path。

この本は自分が感じていた西洋哲学の裏側にある問題をあぶり出している。とてもわかりやすい本だ。特に、西洋の倫理の問題について、東洋哲学、特に孔子の哲学と比較してはっきり指摘している。その問題とは、理性が全てを支配する社会が良い社会であり、綺麗なわかりやすい理想的な前提に立って議論することが良いであり、前もってやることを見通しを立てて計画的に進むことが良いことである、といったプロテスタント的な倫理観だ。この倫理観が有効に働く場合があることは認めるが、それは絶対的なものではなく、問題も多い。

この本はハーバードの人気授業をまとめたものらしい。プロテスタンティズムの問題(と密接に関連する資本主義の問題、さらにはイデア論が持つ問題)が広く認識されてきたということは、自分の思っているように世界が動き始めているということかもしれない。

今の社会の根底には契約がある。契約は一度結ぶと解消するのが面倒だ。契約を悪用すると搾取構造が作られ維持される。しかし、このように契約で未来を縛るやり方は時代遅れになる可能性がある。

因果応報であり、他人を人間として丁寧に扱う人はそのように扱われ、思いやる人には思いやる人が集まり、その逆に思いやりが少ない人には思いやりが少ない人が集まってくる。契約で縛る社会ではなく、その時その時の対応の適切さ、適切なフィードバックが評価されていくような時代になる。今は評判が一瞬で伝わるのだ。臨機応変が必要だ。

決まり切ったプロトコルに従うのではなく、複数のプロトコルが出来ては変化し消えていく。真の礼の実践であり、仁が重要になる社会だ。複数のプロトコルが並立で存在し、それへの勧誘合戦が始まるだろう。この勧誘は広告的に行うと、すぐにダメになるだろう。マインドコントロールは人を幸せにしないのだから。

これからは、外部基準に従ってがむしゃらにどれだけやったといったことではなく、意味のあることをやってると本人が自覚しているかどうかが重要になる。そして、意味があることをやっていると自覚している人たちが集まって、面白いことをやり出し、それが自覚できなくなったら、その集まりが自然消滅する。その集団を生きたものとして維持するためには、契約ではなく、毎日を意味のあることにするためのプロトコル(礼)の更新が必要になる。契約で縛ると死んだ集団が出来上がる。

このような組織では巨大な搾取は維持されにくい。搾取があると構造が自壊していくからだ。

孔子が理想とした禹の治水のエピソードがある。古代中国の中原にはたくさん川があり、氾濫していた。禹は自然の流れに逆らわないように、川をまとめて海に流し、中原を安定させた。禹の治水は、自然を改変しているが逆らってはいない。自然が持つエネルギーを使えるようにうまく整えたのだ。治水は放っておいてもできることではない、人間が行った能動的な行動である。一方で、自然を無視しているわけでもない。人間の都合だけを優先した計画ではだめで、自然の力を認識してそれを借りるという考えが重要だ。そうすることで、何もない中原から、エネルギーを取り出し豊かにしたのだ。もちろん治水の手入れを怠ると、中原は無に戻る。

人間や人間が作る社会も同じである。自然のまま放っておいてもまずいけれど、自分の頭だけでこうあるべしと考えてもダメだ。感情を無視するのではなく、従うのではなく、そこからエネルギーを取り出すプロトコルを作りだし、手入れすることが大事。プロトコルは人工的なものであり、本質的には中空である。それだけでは維持できないため、手入れは必ず必要になる。

そして、意識せずとも手入れできるようになれば、中空は実体化しエネルギーを生み出す泉になる。自分や社会から無尽蔵のエネルギーを取り出すことができる。搾取があればエネルギーは最終的に枯渇する。

今は全世界的に新しい考えが勃興している(もしくは古い考えが再興されている)時代だ。この本は、商人の美徳が蔓延する今から、プロテスタンティズムから離れ、礼により構築される新しい時代へと変化していくことを感じ取る入門書として良い本だと思う。礼の実践に必要なのが勇気である。勇気を持ち、中空に礼を作り、手入れして、エネルギーを得て、道(Path)を歩もう。