さて、久しぶりに本の紹介です。
今日紹介する本は、Lynda Gratton の Work Shift。
ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉
書店でパラパラと立ち読みし、面白そうだったので衝動買いしたわ。
ただ、Lynda Gratton はロンドン・ビジネススクールの教授らしく、叙述がとてもクドくて、ケーススタディーが多い。しかもそのケースは、「働き方の未来コンソーシアム」というプロジェクトで生まれた、単なる予想なんだ。予想を分析するなんて、まるで思考実験みたいなことをビジネススクールでやっているとは思わなかった。
本は全部で400ページ近くあるので、大雑把に内容把握するためなら1部を読んだあと2部と3部のケーススタディー部分を飛ばして、4部を読むといいかもしれない(それでも200ページくらいあるけど)。
簡単に内容をまとめると、
- 今までの働き方では暗い未来が待ってます
- 新しい働き方に移行しましょう
- 重要ポイントは、専門性・人間関係資本・成長感
- 自分の未来予想図を作ろう
ってこと。
まず、未来予想の前提として
- 寿命の増大
- 少子高齢化
- テクノロジーの発達
がある。
人が資本主義社会で生きていく上では、何らかの価値を生み出さないといけない。その時必要になるのが資本だ。資本は大雑把に
- 肉体的資本
- 知的資本
- 金融資本
- (人間関係資本)
に分けられる。実はこの中で、金融資本をすでに有している人にとっては、ワークシフトは生じない。また肉体的資本家は、先進国ではすでに大部分が知的資本家にシフトした後だ。そこで、この本の主なターゲットは、会社員に象徴される知的資本で生きている人ということになる。
先進国の肉体的資本の価値が下げられていることは、グローバル化による工場の移転に象徴されるように、みんなよく知っていると思う。今後はさらに、テクノロジーの発展で肉体的資本の価値が新興国でも減少するだろう。
そうすると、新興国でも生きていく武器として知的資本を蓄積しようとする人が増えて、先進国の同業者は多数の競合を持つことになる。その結果、昔ながらの知的資本家では生き残れなくなる。
カッコ書きの人間関係資本は、多くの人を知っているし、助け合える組織に所属しているということ。これは、自然と存在していたから今まで明示的に意識されていなかった。だけど、今後は意識的に構築して行かないと、これを持つものと持たないものに別れます。
この本では、知的資本家に生じる3つのシフトを取り上げている。それが、専門性・人間関係資本・仕事の価値だ。
専門性
ゼネラリストからスペシャリストへのシフト。会社員はゼネラリストの典型例だったけど、今後は専門性が重要視される。ゼネラリストではだめでスペシャリストになるべし。
しかも、今は羽生善治三冠の言っていた通り、「高速道路の先で大渋滞」が起こっている。調べるコストが劇的に下がったことで、単なる知識を獲得するだけでは、専門性を得ることにはならなくなった。独自の専門性を身につける必要がある。
さらに、昔ながらの職人的スペシャリストではだめで、次々と専門性を変えていける必要がある。
この理由は、寿命の増大と社会福祉の減少で働く期間が延びる&テクノロジーの加速度的発達によって、一つの分野の専門家になったとしてもそれだけで一生食っていけなくなるからだ。
複数の分野で独自な専門家として生きるために、必要になるのが人間関係資本だ。
人間関係資本
個人的な人間関係資本を獲得するシフト。人間関係資本には3つある。
- ポッセ(少数の同志)
- ビッグアイディアクラウド(幅広い背景を持つ人との弱いつながり)
- 自己再生のコミュニティ(家族の類型)
詳しい内容はここには書かないけど、個人的には少数の同志が重要になるんじゃないかと思っている。
ポッセは独自の専門性を得るために必要な仲間だ。まず、独自性を高める上で重要になるのが遊び。仕事で遊ぶには
- 普通はやらないことをやる(逸脱)
- 普通やっていることをやらない(回避)
- 極端にやる(強化)
- 普通のパターンの逆をやる(逆転)
のが良い。こうすると楽しいし、アイデアも浮かぶ。だけど、今は本番で試す余裕がないことが多い。そこで、自分で失敗できる環境を用意して実験するor相談する必要がある。その相手がポッセだ。
僕個人も、月例会と言って、月に一度仲間3人で会うようにしている。1年たったけど(その前身を含めると5年くらい)、アイデアを聞いてもらったりして面白いと思っている。ただ、そろそろマンネリ化してきたので何かテコ入れが必要になってる気もする。
仕事の価値
最後の要素は、価値観のシフトだ。物質を大量に消費するためにお金を稼ぐだけでは、満足できなくなってきている。この価値観は、Y世代に顕著らしい。
- 1928-1945(伝統重視世代):現在の経済社会の骨組みを作る
- 1945-1964(ベビーブーマー):競争・大量消費
- 1965-1979(X世代):離婚・失業の増大
- 1980-1995(Y世代):ワークライフバランス、共感主義、お金と消費以外を目的に仕事する、シェア
- 1995-(Z世代):まだ社会に出ていない
日本でもY世代がNHKなどのマスコミに出始めていて、上と同じような価値観を持っている人が多いように見える。僕自身もY世代で、上記の価値観には共感する部分がある。
松下幸之助の水道哲学は成就したけど、この世の楽土にはならなかった。人は金と物だけでは、満足できなくなっているようだ。
Y世代がどんどん社会に増えると、お金や物の代わりに、自分で主体的に仕事しているという経験や成長感が、報酬になり得る。
この価値観の変化が第三のシフトだ。
まとめ
以上の3つが、知的資本家のワークシフト。まあ、どの内容もうすうす感づいている人が多いだろうけど、それを文字にすることがやっぱり偉いよね。ただどっちかって言うと、価値観の変化が先に来て、その仕事を実現するために他のシフトが生じるような気がするけど。
さらにこの本では、自分なりの未来予想図を描くことを推奨している。知識を得るだけでは行動に結びつかないから、自分なりの未来を具体的に予想することで、自分なりのシフトを見つけることが重要だ。
予想するための材料は本の中に色々ある。ここに書いたのは本の一部なので、気になる人は読んでみるといいよ。
(国語の教科書みたいに全部を同じように読むと、非常にしんどい上に得られるものが少ない。こういう本は、まずはじめに目次をみて、内容を予想して、気になるところを重点的に読むといいと思う。)
個人的には、未来社会で影響力を持つのは
- 宗教(共同体の管理者)
- 科学(ビックデータの保持者と解析者)
- 芸術(共感を生む人)
だと思う。僕の予想図は、資本主義的な拡大再生産の重要要素である分かりやすいフロンティア(ゴールドラッシュ的なもの)の減少と、テクノロジーの発達で中世とルネサンスが一変に来る感じかな。
あと最後に、欧米の社会科学系の本は一般書なのに参考文献がかなり多くて、いつもよくこれだけつけたなと感心する。
物理学者 P. Anderson の More is Different まで引用されていたし。日本語訳は「量は質の変化を生み出す」。相転移を意識した的確な訳だ。もちろん、素粒子論との対比までは述べられていないけど。